隠岐の島町は、平成28(2016)年6月ポーランド共和国クロトシン市と友好都市提携を結びました。スポーツ(特に相撲)・経済・歴史・文化・教育など、さまざまな分野での交流を目指しています。
令和8(2026)年には友好都市交流提携10周年を迎えます。
国際交流員のユスティナさん
令和7(2025)年8月から隠岐の島町で働いているポーランド人のセルメット・ユスティナです。商工観光課で、外国語での情報発信や国際交流イベントの企画運営のほか、小学校や図書館でポーランドの食事や文化の紹介をしています。
クロトシン市の概要
クロトシン市はポーランド共和国のヴィエルコポルスカ県の南部に位置し、県庁所在地であるポズナン市から約108キロ、首都ワルシャワから約305キロ離れています。


クロトシンはクロトシン市とその周辺の町村から構成され、人口は4万人程の自治体です。クロトシン市内には約3万人、周りの町村には約1万人の人々が生活しています。自治体の面積は256平方キロメートルです。
クロトシンはポーランド国内企業だけでなく、外国の様々な大中小企業の拠点で、機械工業・建設業・食料産業・衣料品産業などが盛んな地域です。また、農業も盛んでクロトシン周辺町村の住民は多くの方が農業に従事されています。その地域に昔からある伝統的な農場を続ける他、農場グループを組んで複数の農家が協力しながら豚・牛の飼育やムギの耕作に携わっています。
クロトシン市の歴史
クロトシン市は1415年に成立されましたが、16世紀の半ばにいたるまで貧しい小都市でした。16世紀末から織物やビール醸造などの工芸・産業が盛んになったため徐々に発展し、クロトシン市はヴィエルコポルスカ地域で商業を行う上で重要な都市になりました。
18世紀末から第一次世界大戦後まで、クロトシン市はポーランドではなくドイツ領に属していました。ドイツ統治下では、市内に新しい役所・工場が建設されたことに加え、鉄道も整備されるなど、インフラの発展が進みました。その結果、都市の発展とともにクロトシン市の面積だけではなく、人口も急速に増加しました。19世紀の半ばにクロトシン市はヴィエルコポルスカ地域の4番目に大きい都市になりました。
第一次世界大戦後、クロトシン市は再び独立したポーランドの領土となり、平和な発展の時期が続きました。
第二次世界大戦後は地方行政の中心都市となり、人口が増加したことに伴い、郊外に新しいアパートや一戸建てが多く建設されました。
クロトシン市の紋章とロゴ
ポーランドでは、歴史の長い都市には、「紋章」があります。行政において重要な書類に印鑑のように利用されていました。紋章のデザインは複雑で、多くの場合、都市の領主であった貴族の家紋が使われています。
それに対してロゴは現代に作られたパンフレットなどに利用されている市のブランドマークです。
クロトシン市は以下の紋章とロゴがあります。

紋章は青いバックグラウンドで二つの銀色の鍵が描かれています。上部には金色のバラが描かれており、鍵の両側に星が描写されています。
鍵は、クロトシン市の中心的な教会が崇めるイエスの12使徒の一人聖ペトロが持っている天国の門への鍵を表しています。また、紋章にあるバラと星は、かつてクロトシン市の領主であった貴族の家紋からとったものです。

クロトシン市のロゴは、2013年6月8日に市の祭り「KrotoFEST(クロトフェス)」で自治体の新しいマークとして紹介されました。
中央広場に位置する役所の塔は、都市の景色で最も印象的なものであるため、ロゴのバックグラウンドに描写されています。中央には、広場で集まった人たちが描かれており、お互いに助け合う良い隣人であるクロトシン住民を表しています。
ロゴで利用された色も特別な意味を持ちます。青は都市の紋章を思わせ、緑は自然の大切さと持続可能な発展を表しており、オレンジ色は住民の活躍と明るい気持ちを表しています。
友好都市提携への道
隠岐の島町とクロトシン市は2016年に友好都市となりました。友好都市提携を結ぶにあたり、調印式においてスポーツ、経済、観光、歴史、文化、教育の分野で交流を推進していくことが決定しました。
友好都市交流が始まったきっかけは、中国地区経済同友会がポーランド視察を行った際に在日ポーランド日本大使館より、クロトシン市が相撲の盛んな自治体との交流を求めていることをご紹介頂き、「隠岐古典相撲」などの相撲文化が多く残る隠岐の島町とつなげて頂いたことです。
2023年には友好都市交流開始から5年おきに相互訪問事業を行う確認書が結ばれ、2026年には確認書に基づいた友好都市交流10周年の記念訪問が行われる予定です。