学校の沿革
- 明治6年 北方小学校、南方小学校(後郡小学校 と改称)開設
- 大正13年 北方尋常高等小学校と郡小学校合併、五箇村尋常高等小学校として開設
- 大正15年 校舎新築落成
- 昭和8年 久見分校、福浦分校を設置
- 昭和28年 久見分校を廃止、久見小学校として独立
- 昭和31年 福浦分校体育館新築落成
- 昭和34年 校舎新築落成、体育館移転改築 代冬季分校開設
- 昭和39年 完全給食開始
- 昭和46年 福浦分校廃止、本校に合併
- 昭和52年 スクールボード廃止、バス通学になる
- 昭和58年 文部省勤労生産学習発表
- 昭和61年 久見小学校を廃止、本校に統合
- 平成元年 校庭真砂土盛り整備工事
- 平成3年 文部省教育課程(体育)研究発表
- 平成11年 県教委小中学校生徒指導研究公開
- 平成16年 町村合併により,隠岐の島町立五箇小学校になる
- 平成16年 文部科学省学力向上フロンティア校研究公開
- 平成20年 第24回隠岐郡小中学校研究大会研究発表・授業公開
- 平成22年 文部科学省指定道徳教育実践研究公開
- 平成22年 耐震補強及び大規模改造工事竣工
- 平成23年 ふるまい向上プロジェクト(PTA)
- 平成24年 道徳教育総合支援事業
- 平成25年 「あいと地球と競売人」20周年記念隠岐公演全校参加
- 平成25年 環境教育総合支援事業
- 平成28年 金銭教育研究校に指定
校区の概要
校区は隠岐の島町の北西部に位置している。三方を山に囲まれ、北西部は海に面し、重栖湾は深く入り込んだ天然の良港となっており、重栖川中流から下流にかけてはのどかな田園風景が広がっている。産業面では、農業・漁業を中心とした第一次産業が基幹産業となっていたが、就業比率が年々減少し、第二次・三次産業の就業比率が高くなっており、世代によって異なる就業構造が併存し、産業構造の都市化が進んでいる。水若酢神社や郷土館等の文化財もあり、有力な観光ルートとなっている。総じて、伝統的な行事が大切にされ、歴史・文化と自然、人の調和がある地域である。