【古文書】佐々木家庄屋文書(ささきけしょうやもんじょ)

表紙の見える一冊と、開かれている一冊が並んでいる、佐々木家庄屋文書の写真

佐々木家に伝わる257点の古文書が指定されています。佐々木家は江戸時代に釜地区の庄屋を務めた家柄で、近江源氏佐々木氏の末裔ともいわれる旧家です。最も古いものとしては慶長12年(1607)の「隠岐国嶋後内釜村検地帳」をはじめ、当時の隠岐の様子を詳細にまとめた「隠州視聴合記」など、幕末から明治にかけての隠岐を伺い知
                                                           ることのできる歴史資料が存在しています。

佐々木家庄屋文書の概要
所在地 種別 員数 指定年月日
隠岐の島町 古文書 257点 1967年5月1日

【彫刻】木造随身半跏像(もくぞうずいしんはんかぞう)

2つ並んだ木造随身半跏像の写真

八王子神社所有の一対(2躯)の随身像(ずいじんぞう)は、ヒノキのような針葉樹による一木造りの像です。近年の調査により、平安時代末期から鎌倉時代前期の制作と確認されました。当時の都の様式に準じた洗練された出来映えをみることができます。

木造随身半跏像の概要
時代 種別 員数 寸法(像高) 指定年月日
平安時代末期~
鎌倉時代前期
彫刻 2躯 左方像89.4センチメートル
右方像84.6センチメートル
1986年12月20日

【建造物】伊勢命神社(いせみことじんじゃ)

伊勢命神社の本殿の写真

伊勢命神社は『延喜式』(延長5年(927))の神名帳に、隠岐国に4社ある名神大社の1社として記載があります。本殿は、久見村のほとんどを焼き尽くした天保9年(1838)の大火により焼失した後、天保12年(1841)に再建されたものです。建築様式は、隠岐独特の隠岐造で、身舎は茅葺の切妻造妻入で、それと連続しない片流れの向拝を持
                                                          ち、平面プランも三間社とよばれるもので、同じ形式では、玉若酢
                                                          命神社本殿、水若酢神社本殿に次ぐ大規模なものです。

伊勢命神社の概要
名称 建築年 構造形式 規模 指定年月日
伊勢命神社本殿 天保12年(1841) 切妻造妻入、茅葺屋根 桁行5.27メートル、梁間4.33メートル 1995年4月21日
伊勢命神社拝殿 明治8年(1875) 切妻造妻入 桁行6.78メートル、梁間5.00メートル 1995年4月21日

【建造物】白鳥神社本殿(しらとりじんじゃほんでん)

朱色の壁の白鳥神社本殿の写真

白鳥神社の現在の本殿には享和元年(1801)の棟札があり、そのほかの棟札や修理の痕跡などから享和年間(1801-1804)に本殿が建造されたと考えられています。もとは現在の今津港近くに位置していましたが、平成17年(2005)に現在の場所に移築されました。建築様式は、隠岐造の一間社で、同時代に建てられた玉若酢命神社本殿(寛政
                                                          5年(1793))、水若酢神社本殿(寛政7年(1795))などの大規模な隠岐造
                                                         の三間社と比較して小規模ながら、当時の隠岐造の流行の一端を知
                                                         ることができる貴重な建築となっています。

白鳥神社本殿の概要
建築年 構造形式 規模 指定年月日
享和年間(1801-1804) 切妻造妻入、茅葺屋根 桁行3.39メートル、梁間3.18メートル 2006年12月21日

【建造物】高田神社本殿及び拝殿(たかだじんじゃほんでんおよびはいでん)

赤い屋根の高田神社の社殿の写真

高田神社本殿は、棟札により文化3年(1806)の建築とされ、建築様式は隠岐造の一間社です。拝殿は、改変されて現在は全て床が張られていますが、建築当初は中央に土間通路を設けその両側に床組部分を持つ、隠岐では珍しい割拝殿でした。境内に建つ若宮社は一間社見世棚造で、これらの三棟が周囲の地形とともに独特の景観を形
                                                           成しています。

高田神社本殿及び拝殿の概要
名称 建築年 構造形式 規模 指定年月日
高田神社本殿 文化3年(1806) 切妻造妻入 桁行3.64メートル、梁間3.34メートル 2006年12月21日
高田神社拝殿 元文2年(1737) 割り拝殿形式、入母家造 桁行11.95メートル、梁間5.13メートル 2006年12月21日
若宮社 文化8年(1811) 一間社見世棚造、切妻造妻入   2006年12月21日

【建造物】賀茂那備神社本殿(かもなびじんじゃほんでん)

賀茂那備神社本殿を見上げる写真

賀茂那備神社本殿は、棟札により文政11年(1828)の建築とされ、その建築様式は隠岐造です。本殿の規模は桁行が3間(3.96メートル)、梁間が2間(3.17メートル)、棟高が地面から約8メートルです。隠岐造の特徴の一つである正面の向拝には、中央部に唐破風が付いています。令和2年(2020)の修理の際に本殿の棟札が整理され、文政11年に現在の本殿が建てられたことが確認できたほか、それ以前の寛永14年
                                                                                              (1637)、元文6年(1741)に建て替えられてい
                                                                                                 たことがわかりました。

賀茂那備神社本殿の概要
建築年 構造形式 規模 指定年月日
文政11年(1828) 切妻造妻入 桁行3.96メートル、梁間3.17メートル 2020年11月26日

【彫刻】木造菩薩形立像(もくぞうぼさつぎょうりゅうぞう)

木造菩薩形立像

完全寺所有の木造菩薩形立像は、針葉樹の一木造りの像です。平安時代前期9世紀から10世紀の作と考えられ、伝来は不詳ですが、現在確認されている隠岐の島町内の像の中では最も古い像です。また、本像に見られる様相は島根県内でも類例が見られ、当地で作られた可能性が高いです。

木造菩薩形立像の概要
時代 種別 員数 寸法(像高) 指定年月日
平安時代前期 彫刻 1躯 48.6センチメートル 2026年3月26日

【彫刻】木造如来坐像(もくぞうにょらいざぞう)

木造如来坐像(雨来集落)

雨来集落所有の木造如来坐像は、針葉樹の一木造りの像です。平安時代10世紀から11世紀前半の作と考えられ、明治初年の廃仏毀釈で廃寺となった伴桂寺の本尊として伝わりました。補修部分も大きいですが、顔付きは中央の作例に通じる整った作風を見せています。

木造如来坐像の概要
時代 種別 員数 寸法(像高) 指定年月日
平安時代 彫刻 1躯 91.0センチメートル 2026年3月26日

【彫刻】遍照院伝来諸像(へんじょういんでんらいしょぞう)

遍照院伝来諸像5躯

左から、木造阿弥陀如来坐像、木造菩薩立像(その1)、木造菩薩立像(その2)、木造天王立像(その1)、木造天王立像(その2)

那久の遍照院に伝わり、隠岐の島町所有の遍照院伝来諸像は木造阿弥陀如来坐像(もくぞうあみだにょらいざぞう)1躯、木造菩薩立像(もくぞうぼさつりゅうぞう)2躯、木造天王立像(もくぞうてんのうりゅうぞう)2躯の5躯からなります。5躯とも針葉樹の一木造りで、平安時代末期12世紀に同時に制作されたと考えられます。

遍照院伝来諸像の概要
時代 種別 員数 寸法(像高) 指定年月日
平安時代末期 彫刻 5躯

木造阿弥陀如来坐像76.1センチメートル
木造菩薩立像(その1)89.4センチメートル
木造菩薩立像(その2)88.4センチメートル
木造天王立像(その1)103.1センチメートル
木造天王立像(その2)98.9センチメートル

2026年3月26日

【彫刻】木造如来坐像(もくぞうにょらいざぞう)

木造如来坐像(神宮寺伝来)

左から、木造如来坐像(その1)、木造如来坐像(その2)、木造如来坐像(その3)

那久の神宮寺に伝わり、隠岐の島町が所有する木造如来坐像3躯は、針葉樹の一木造りの像で、平安時代末期12世紀に同時に造像されたと考えられます。遍照院伝来諸像とも近似している部分もありますが、こちらはより地方風が顕著にみられます。

木造如来坐像の概要
時代 種別 員数 寸法(像高) 指定年月日
平安時代末期 彫刻 3躯

木造如来坐像(その1)84.5センチメートル
木造如来坐像(その2)84.0センチメートル
木造如来坐像(その3)84.0センチメートル

2026年3月26日

【彫刻】妙光寺伝来諸像(みょうこうじでんらいしょぞう)

妙光寺伝来諸像7躯

上段左から木造女神坐像(その1)、木造女神坐像(その2)、木造菩薩立像(その1)、木造菩薩立像(その2)、木造天王立像、下段左から木造僧形坐像、木造男神坐像

原田の妙光寺が所有する妙光寺伝来諸像は木造女神坐像(もくぞうじょしんざぞう)2躯、木造僧形坐像(もくぞうそうぎょうざぞう)1躯、木造男神坐像(もくぞうだんしんざぞう)1躯、木造菩薩立像(もくぞうぼさつりゅうぞう)2躯、木造天王立像(もくぞうてんのうりゅうぞう)1躯の7躯からなります。7躯とも針葉樹の一木造りで、平安時代末期から室町時代に制作されたと考えられます。

妙光寺伝来諸像の概要
所在地 種別 員数 寸法(像高) 指定年月日
平安時代末期~
室町時代
彫刻 7躯

木造女神坐像(その1)23.1センチメートル
木造女神坐像(その2)22.7センチメートル
木造僧形坐像28.7センチメートル
木造男神坐像24.7センチメートル
木造菩薩立像(その1)54.4センチメートル
木造菩薩立像(その2)54.0センチメートル
木造天王立像41.0センチメートル

2026年3月26日

【彫刻】木造如来坐像(もくぞうにょらいざぞう)

木造如来坐像(大満寺)

左から、木造如来坐像(その1)、木造如来坐像(その2)、木造如来坐像(その3)

有木の大満寺が所有の木造如来坐像3躯は、針葉樹の一木割矧ぎ造りの像です。3躯は室町時代の院派彫刻の特徴があらわれ、細部表現まで作風が共通していることから、3尊1組で14世紀から15世紀に制作されたと考えられます。

木造如来坐像の概要
時代 種別 員数 寸法(像高) 指定年月日
室町時代 彫刻 3躯

木造如来坐像(その1)36.2センチメートル
木造如来坐像(その2)31.7センチメートル
木造如来坐像(その3)31.3センチメートル

2026年3月26日

【彫刻】木造僧形坐像(もくぞうそうぎょうざぞう)

木造僧形坐像

有木の大光寺に伝わり、隠岐の島町が所有の木造僧形坐像は、針葉樹の寄木造りもしくは一木割矧ぎ造りの像です。室町時代末期14世紀後半から15世紀前期に時宗の肖像彫刻として制作されました。表面が黒いことから「黒仏(くろぼとけ)」とも呼ばれています。

木造僧形坐像の概要
所在地 種別 員数 寸法(像高) 指定年月日
室町時代末期 彫刻 1躯 110.9センチメートル 2026年3月26日

【工芸品】金銅阿弥陀如来懸仏(こんどうあみだにょらいかけぼとけ)

金銅阿弥陀如来懸仏

原田の妙光寺が所有する金銅阿弥陀如来懸仏は、銅製の工芸品です。平安時代後期12世紀の作と考えられ、阿弥陀如来像本体はその時代らしい穏やかな作風を示しています。一般に懸仏は時代を降るにつれて小さく、像の表現も省略されていきますが、本懸仏は比較的大きく、丁寧な表現をみることができます。

金銅阿弥陀如来懸仏の概要
時代 種別 員数 寸法(直径) 指定年月日
平安時代後期 工芸品 1面 36.5センチメートル 2026年3月26日

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