■町の歴史
時に優しく時に厳しい表情を見せる母なる海。神秘的な深い森。神も宿るほどの巨木たち。
紺碧の日本海に囲まれた「隠岐の島町」には、豊かな自然に培われてきた人情が息づいています。
多くの流人たちがもたらした雅な貴族文化。江戸時代隆盛を極めた北前船の賑やかな往来により運ばれてきた多種多様な文化。
永く遥かな歴史の中で島の風土にとけこみ、独自の伝統と文化が育まれてきました。
時代の流れとともに人々の暮らしは変わっても、ここには今も昔も変わらない島の心があります。
島に住む人、島を離れた人、島を訪ねる人みんなにとってかけがえのないふるさでありつづけます。
かつて日本海を航行する船の標識ともみなされたという、隠岐島後の最高峰大満寺山の一帯には、オキシャクナゲの群落や、オキフウランの自生地が今も残されています。
遙か遠い歴史を伝える蓮華会舞、御霊会風流、武良祭風流、牛突きなどのまつりごとは、それぞれの想いを秘め次の世代に伝えられています。
なだらかな曲線の美しさが印象的な白島、雄々しくそびえる断崖絶壁、わたしたちのまち隠岐の島町は、
ぐるりと日本海に囲まれた隠岐島後にあり、永く遙かな歴史をとおして、ずっと海とともに暮らしてきました。
隔絶された離島だからこそ残された自然があり、配流の地として、北前船の寄港地として海を越えてやってくるものを受け入れた離島ならではの歴史文化があります。
わたしたちは、海と山がもたらした自然の恵みと、先人が築いてきた人々の営みを受け継いできました。
幕末の混乱の中、松江藩郡代を追放し隠岐自治政権を樹立するため隠岐維新がありました。
「自らのことは自らで守り」、「自らの願いは自らで実現する」ため、島民自らによる自治機関を設立し、81日間の短期間でしたが独立した政権による自治が行われました。
地方分権が進む中で、この町の自然と歴史を踏まえて「まるい輪の中、心行き交うやすらぎのまち」を合言葉に掲げ、
平成16年10月1日に西郷町(旧)、布施村(旧)、都万村(旧)、五箇村(旧)の四町村合併により新生「隠岐の島町」として新たな歴史を力強く刻み始めました。
■時は流れて…
